ドラッグレース用のトランスミッション

ドラッグレースではトランスミッションの性能がタイムに直結するので、レースで上位を狙う場合には交換が望ましい。

ところが日本のチューニングパーツメーカーからは、僅かなメジャーな車種にのみラインナップが残っているのみで、MA70スープラ用としては現在は販売されていない。

トランスミッション交換は大きな費用を伴うだけに非常に悩ましいところでもあります。

T350 オートマチック トランスミッション

700PS級のタービンを使い切るくらいになって来た頃、グループAトランスミッションの3速ギアの歯がほぼ一周欠けてしまうと言うミッションブローに見舞われた。

修理は可能だったが強度的な心配もあり、2010年からはアメリカ製の3速強化型オートマチックトランスミッションを使用している。

これはシボレー用をベースとした、フルマニュアル操作の強化品で、トランスミッションメーカーの公称値で1500PS対応の製品。

もちろんそのままMA70スープラには取り付けられないので、フロアートンネルを叩き、プロペラシャフトを特注して換装した。

ATFの温度がとんでもなく上昇するので空冷式の巨大なATFクーラーを装備。

ワイヤーで駆動するマニュアル操作のシフターはB&M社のシーケンシャル式。

さて、いくら耐久性があっても、5速のクロスレシオミッションから、たった3速のしかも標準レシオのオートマに換装を考えた時に色々な不安が頭に浮かんだ。

しかし、アメリカのオートマチックトランスミッションビルダーの答えは「全く問題ない」とあっさりしたものだった。

色々と調べて行くうちにマニュアルトランスミッションとは歴史も構造も全く違う品物だと言う事が解って来た。

そもそもアメリカのオートマチックトランスミッションの発展は1速のみから2速、3速と変遷し、その後長い間3速オートマチックの時代が続いた。

始めは1速しかないトランスミッションで発進から最高速まで使えていた訳だ。

その秘密はエンジンの回転を油圧でトルクに変換するトルクコンバーターの構造にあった。

見かけ上の最終減速比が小さくても、トルクコンバーターがエンジンの回転を発進に必要なトルクに変換する事によって必要充分なトルクを生み出しているのだ。

事実、このノンロックアップのオートマチックトランスミッションは、どのギアでも普通に発進できる。

更に、レース用のトルクコンバーターは高いエンジン回転数でトルクを発生するように設計されていて、一度走り出したら一気にエンジンのパワーバンド回転数に飛び込む仕様だ。

CVTのようにエンジンは高回転で回り続けたまま車速がどんどん上がって行く、そんな仕上がりとなっている。

そして変速機は速度に応じて出力軸の回転を落とし、トルクコンバーターの油圧を常に上げて、トルクの増幅を行うための副変速機的な役割なのである。

考え方が全く違う。

また、このトランスミッションには、ドラッグレース専用のトランスブレーキと言う機能がある。

油圧経路をソレノイドバルブで操作して、1速の時にリバースを同時に作動させてアクセルを踏んだ状態でも車を停止させられる機能だ。

一般的なオートマチックトランスミッションの場合はアイドリングからのスタートだが、トランスブレーキを使ったドラッグレースでのスタートではトルクコンバーターで発生させる駆動トルクをアクセルで自由にコントロールできる。

発進はその状態でトランスブレーキを解除するだけだ。

これでマニュアルトランスミッションとほぼ同様のスタートが可能となっている。

ターボ車の場合、ブーストが上昇するまでに時間がかかると言う欠点があるが、エンジンコンピュータのセッティング、アクセルワークとトランスブレーキの操作で解決している。

2010年のシェイクダウンでは1000feet 9秒前半、2012年にはALFA製の新エンジンのパワーを借りて自己ベストの8.6秒をマークしています。

このトランスミッションで公認も取得しているので街乗りも可能だが、常に滑りつづけているようなトルクコンバーターの構造から、燃費はリッター3Km程度と非常に悪い。

ATFの発熱も大きいのでレースごとに交換しなくてはならない。

やはり競技専用のトランスミッションと割り切って使うべきだろう。


TRD グループA 5速トランスミッション

MA70スープラには幻の部品とも言われる超高性能な部品が存在する。

1987年から1990年まで全日本ツーリングカー選手権を走ったレーシングカーの部品である。

通常、これらの部品は解体され、粉砕されて廃棄されるのだが、ごく僅かに廃棄処分を免れたものが現存する。

これが通称「グループAパーツ」だ。

そのグループAスープラに搭載されていたドグ式ミッションを2006年より2009年までの間、ドラッグレース用として借り受ける事ができた。

これはその時のレポートです。

ドグ式ミッションと言ってもピンと来ない方のために、まずは通常のミッションとの違いを説明しておく。

変速のためにトランスミッションのギアを切り替えるにはクラッチを切ったあと、違う速度で回転しているギア同士を噛み合わせなくてはならない。

ところが回転が合わないとギア同士が激しくぶつかり合って噛み合わない。

そこで通常の自動車のマニュアルトランスミッションにはシンクロメッシュ(以下シンクロ)と呼ばれる摩擦による回転合わせ機構が備えられている。

これがクラッチを切り、シフトレバーを押し付けた時にギア同士の回転数を合わせ、スムーズなシフトチェンジを実現しているのだ。

ところがこのドグミッションにはシンクロが装備されていない。

ドグと言われる金属のツメ同士を噛み合わせて、なかば強引に回転を合わせてしまう方式だ。

理由はシンクロによる回転合わせの待ち時間を無くし、シフトチェンジを素早く済ませる事ができるからだ。

ちなみに市販されているものの中ではバイクのトランスミッションがドグ式である。

バイクやレーシングカーの場合はギアレシオを狭く取る事ができるのでシフトチェンジの際のギア同士の回転差が小さく、ドグ式が採用できるのだ。

また、自動車の場合は中間にニュートラルを持つHパターンなので、ニュートラルポジションで各速度のギヤの回転が大きくズレてしまうと、ドグも弾かれて噛み合わなくなってしまう。

そこでドライバーが意識的にスロットル操作による回転合わせを行わなくてはならない。

これが市販車のドグ式ミッションが存在しない理由だ。

さて、このように全てが狭いギアレシオの組み合わせのものをフルクロスレシオミッションと言う。

このトランスミッションでのシフトアップ時の回転の落ち込みは常に1500RPM程度。

加速中の排気音の音階が殆ど変わらない理想的な繋がり方だ。

ただ、これも良い事ばかりではない。

5速のギヤボックスをこれだけ狭いギヤレシオで最高速に最終減速比を合わせ込むと、1速がとんでもないハイギヤードになってしまう。

レーシングカーの発進が困難な理由はそこにある。

搭載後のインプレッションだが、やはりストリートカーには予想どおりの難物である。

H型のシフトパターンはR→1→2→3→4→5と変則で左手の慣れが必要だ。

また、レース用で静寂性能を一切無視した設計なので「ヒューン」と言うギアの噛み合う大きな音がする。

街乗りでは回転合わせに非常に神経を使い、もし回転を外すような事があればどのポジションにもシフトが入らなくなってしまう。

特にシフトダウンは大変で、ヒールアンドトゥにダブルクラッチで神経を張り詰めて行う必要がある。

それでも、時々ドグの当たりあう大きな音と共に強いシフトショックに耐えなくてはならない。

これだけネガティブな要素と引き換えに得られる物は何かと言えば、フル加速時の胸のすくような各ギアの繋がりと市販車とは比べ物にならない高速なシフトだ。

テクニックさえあればどんなコーナーでもパワーバンドを外す事なく恐ろしいペースでの走行が可能だ。

しかし、500PS近い7MGTにドラッグレース用ファイナル、レーシングクロスミッションの組み合わせでの公道の全開走行は、快感を遥かに通り過ぎて恐怖の一言だったが・・

ドラッグレースではシェイクダウンの1000feetで9秒台を連発し、一気にトップグループの仲間入りを果たすことができた。

その後のエンジンのパワーアップで2008年のベストタイムは8.8秒である。

Special thanks SPEED HOUSE ALFA